2012年9月13日 (木)

母島にて

C00589sアカガシラカラスバト。母島にて。

9/8-19の日程で、小笠原諸島の父島と母島で学生実習。昨年の震災の時以来だ。

運良くカラスバト君に遭遇。相当運がいい。

明日は学生は石門の見学。

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2012年9月 1日 (土)

グラスゴー

5310約1年ぶりのスコットランド。学生実習で10日間ほど滞在した。昨年は5月。今年は8月。季節が違うと風景も違う。

ロンドンオリンピックの終了後で、まだ街にはその余韻が残っていた。

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ジョージ・スクエアの銅像に止まるカモメ。海が近いのか、カラスの代わりに我が物顔で街を飛び回っている。

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スコットランドは、”地質学の父”ジェームズ・ハットン、ワット、ブラック、ライエル、ダーウィン、ケルビン卿、ホームズなど、科学の歴史に名を残した人々の故郷でもある。地質学を学ぶには最高の環境だろう。

今回は、グラスゴーの他、アイラ島、アラン島、エディンバラ、ファイフ、ダンバーを訪問した。部分的に紹介するつもり。



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2012年6月15日 (金)

小学館の図鑑NEO「岩石・鉱物・化石」

3701ロケ撮影の一コマ。銚子市名洗~屏風ヶ浦にて。

2年半かかった図鑑が本日発売。

http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784092172180

僕は岩石部分の責任者だが、担当部分で誤りが出ないことを祈るばかり。

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2012年5月17日 (木)

黒滝不整合

4086 勝浦市の吉尾漁港東・ボラの鼻でみられる黒滝不整合。下位の安房層群清澄層に、不整合で上総層群黒滝層が接している。写真下の白い地層が清澄層で、その上に礫岩を主体とする黒滝層が不整合に接していて、転石の巨岩の表面に、下位の地層が基底礫として上位の地層中に含まれている様子がわかる。この不整合面のところで100万年~200万年以上の時間間隙がある。

放送大学の面接授業「歩いて学ぶ房総半島の自然史」で、初日(4/21)の観察で見学。この日は10:32が干潮で、露頭の前まで歩いて観察した。

参加者の足もとが不安だったが、全員が問題なく移動できてほっとした。

鵜原のあたりを歩くのは大学2年以来だろうか。当時の記憶とは土地の様子がずいぶん変化している気がした。鍵層のHkが道路脇に露出していて、誰かがわかりやすくHKと彫り込んでいたものだが。コンクリートで覆われたのか、影も形もない。

房総-三浦半島の地質を理解する上では、黒滝不整合の話は欠かせない。今年の4年生にも頑張ってもらったが、学生実習のフィールドとして、自分のレパートリーのひとつとしてパターンをつくりたいと思っている。

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2011年12月30日 (金)

城ヶ島実習

4566 長津呂の西にて。

12/23に今年の地学実験で最後の野外実習を城ヶ島で実施した。

段丘の地形、三崎層や初声層の堆積構造の観察、クリノメーターの使い方、褶曲・断層といった地質構造の理解など。

あまり日が差さず寒い一日だったが、露頭条件がよく、観察にはよかった。終了後、三崎で打ち上げ。フィジーでお世話になった方と8年ぶりにお話しした。

4626 サンドパイプとウニの生痕化石。

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2011年12月 5日 (月)

幻日

1965相模側にかかる高田橋から。

地学実験の野外実習で相模野台地へ。今年は段丘コースの引率に参加。

実習も終わりに近づいた頃、高田橋にて幻日を見る。氷晶が太陽の光を反射して見える像だが、珍しい。太陽そのものははっきり見えなかったし、反対側は明瞭ではなかったが。

1969写真の右側に縦に虹色の光が見える。




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2011年5月15日 (日)

Fife

7362 菜の花畑。

学生実習でスコットランドに滞在中。Edinburgh, Fife, Glasgow, Isle of Arran, Isle of Islay, Stirlingを訪問の予定で、全部で6人、実質7日間。

今年は去年に比べて暖かいようだ。海岸の植物がかなり育っていて、昨年同時期の記憶に比べて、少し印象が変わっている。

日が長いのでフィールドにはいい季節だ。地層や化石の保存の良さには驚かされる。アザラシやウサギにも出会う。鳥もいろいろいる。氷河地形の観察も面白い。

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2011年3月15日 (火)

母島沖港での津波

7491 母島沖港。3月11日17:40。引き波の様子。

学生実習で3/7-18の予定で小笠原諸島に滞在中、東日本広域の地震による津波に遭遇した。学生は避難所に退避させた(地元消防団が収容・輸送してくれた)が、僕は高台から観測して住民の避難や移動の判断の材料を提供することにして、画像と映像を取りながら桟橋を基準に潮位の変化を観察した。(母島には潮位計がないとのこと。)

7495 場所同上。17:42。最大潮位と思われる。1m程度か。

観測開始は17:10頃。17:25~17:45頃に4波の津波を観測。その後潮位変化は続くものの、波高は低下したので、18:25まで観測して、安全と判断し撤退。日没で視認が困難になってきたこともある。18:30頃、支庁の方に潮位変化の状況を説明したのち、避難所に戻った。

父島では浸水した地区もあったとのことだが、ここ母島沖港では被害はほとんどなかった模様。たまたま、干潮のタイミングに津波が当たったこともあるかもしれない。

父島-東京間の定期船が影響を受けて入港が遅れているが、東京の戻りは3/18の予定。

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2011年1月22日 (土)

訃報

Dscf0922 濱田 隆士先生が1/19に逝去された。77歳だった。

濱田先生には大学の教養時代、生きている化石研究会で、あるいは修士の頃、そして無職時代にジュニアスペシャルの監修に加わらせていただき、たいへんお世話になった。いま、僕が何とかご飯を食べていられるのも、濱田先生のおかげだと思う。

それは単に仕事を世話してくれたという恩義ではなく、人々に科学を正しく伝えることの重要性と難しさ、明るい雰囲気を保つことの大切さ、いかにして要点をまとめ、わかりやすく説明するか、という能力、そういうものを一緒に仕事をしながら教えていただいたように感じている。

いまでも、まっとうな大学の教員とはいえない自分を自覚するけれども、本務先の大学や放送大学の学生から、授業が面白い、とか、地球科学に興味を持った、とか、肯定的な評価をいただけることがあるのは、ジュニアスペシャルに関わっていた修業時代のおかげだと感じる。だいたい、大学院時代の僕の発表はわかりにくい、面白い話が最後にならないと出てこない、と、プレゼンテーション能力はクソミソの評価だったからなあ。

ジュニアスペシャルの頃の濱田先生は、まさに本物のタレント教授というべき、タレントを発揮して輝いておられたことを思い出す。昨今のエセ科学をばらまくような学者風芸能人と違って、良心的であり、なによりこどもたちが大好きだった。図鑑や児童書にも多く関わられていた。こどもの心を忘れない大人だったと思う。

濱田先生の教えを大学で受けただけでなく、一緒に仕事をさせていただいて、間近でワザを”盗む”機会を与えていただいたことは、かけがえのないことだったと思う。考えてみると、「生きている化石」ゼミ以外で、濱田先生の講義を受けた覚えがない。いつもそこにいて、アドバイスしてくれる人だった。大学とは、人の出会いの場であり、だからこそ貴重な学びの場なのであって、決して講義そのものだけで人が育つわけではない、ということを痛感させられる。

濱田先生、長い間ありがとうございました。ご冥福を祈ります。

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2010年11月24日 (水)

コロトンゴのヤエヤマヒルギ

6134 6133 2003年9月の学生実習の際に、OISCAの植林事業に参加させていただいて植えた、コロトンゴ村のマングローブの現況。

2000本植えて、いま残存しているのは約1割だが、それでも根付いたものが成長しているのを見るのはうれしいことだ。

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